EVENT REPORT
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2025.06.24開催@大阪会場
“適正価格”が日本経済の未来を変える。実現する秘訣は

原材料費やエネルギー価格が上昇し、物価の高騰が生活に直撃している。ビジネスにおいては人件費の上昇も踏まえ、発注側・受注側はともに商品やサービスの価格を引き上げるための価格交渉が不可欠となってきた。
だが、中小企業や小規模事業者を中心に、値上げ交渉の方法に悩んでいる企業も多い。日本の企業総数の99.7%は中小企業、従業員数でも労働者の69.7%にのぼる(2024年版中小企業白書)と言われていて、中小企業が正しく価格交渉をして給与に反映することは、個人消費ひいては日本経済にも大きく影響すると言えるだろう。
「適正価格」による取引を広げるヒントとなるイベント、経済産業省 中小企業庁による「価格交渉講習会」が2025年6月24日、大阪で開催された。その内容をレポートする。
47都道府県で開催、価格交渉になじみのない人も参加

価格交渉講習会は、価格交渉になじみのない人、これから価格交渉を検討している人、価格交渉に苦戦している中小企業などを対象にしたイベント。
中小企業診断士などの資格を有する専門家や企業の経営者、支援者を招き、価格交渉に役立つツールやポイントを解説。実際の事例をもとに具体的なアドバイスを提供する。
47都道府県で順次開催していて、講習会終了後には悩みを共有し交流できる意見交換会や、自社の課題について専門家に相談できる個別相談会を実施している。
価格交渉は今がチャンス

2025年6月24日に大阪で開催された講習会では、まず、「『価格交渉・価格転嫁』に関する基礎知識講座」と題した第1講座に、船井総合研究所 チーフコンサルタントの関根祐貴氏が登壇。最新の全国的な価格交渉の動向から、価格交渉や価格転嫁を実現するための事前準備、そしてそれを使った価格交渉術まで分かりやすく説明した。
関根氏によれば、「価格交渉は今がチャンス」だと言う。物価高騰は今後も続くと予想される中、人手不足による賃上げもせざるをえない状況だ。
中小企業庁では、毎年度9月と3月を「価格交渉促進月間」として価格交渉をしやすい環境づくりに取り組んでいる。実際、2024年9月に行われた調査結果によると、価格交渉を実際に行っている企業の割合は増加傾向にあるという。ただ、コスト上昇分を全額転嫁できた企業はわずかで、二極化が進んでいる点が課題となっている。
成功の秘訣は「準備」と「交渉テクニック」
では、価格交渉のためにどのような準備をすればいいのか。「目標とする利益や価格を設定した上で交渉に臨むことで、よりよい成果が得られやすくなる」と関根氏は語る。
また、労務費、エネルギー費、原材料費といったコストを正確に把握し、取引先に対してコストアップの根拠を明確に示すことも求められる。一から考えて根拠となる資料を作成するのが難しい中で、埼玉県が公開している価格交渉支援ツールが便利で使いやすいという。
さらに、取引先の経営方針、業績、設備投資の動向など相手の状況を理解することや、価格交渉の適切なタイミングを判断することも重要だ。

「情報が多ければ多いほど、交渉がまとまる可能性は高まりスピードも上がります。9月と3月の価格交渉促進月間は、取引先も『価格交渉』という言葉を目にする機会が増えるので、そのような機会に交渉に行くことも有効でしょう」(関根氏)
価格交渉にあたっては、値上げを認められやすいパターンを意識するといい。その1つが「創造的問題解決型」だ。
「創造的問題解決型とは、価格を上げるだけでなく、市場全体を大きくしようという提案方法です。例えば、価格交渉によって取引先のサービスや物品の価格も合わせて上げていくことで、全体的な市場規模を拡大していくことを目指します」(関根氏)
関根氏はその他にもさまざまな交渉手法、心理的テクニックなどを紹介し、具体的な行動に移せるような明確な解説を行った。
値上げは怖い、だが商品の魅力を強化することが重要

左から、船井総合研究所 マネージャーの杤尾圭亮氏、
白ハト食品工業 代表取締役社長の永尾俊一様氏
第2講座は「成功事例から学ぶ『価格交渉・価格転嫁』のポイント」として、白ハト食品工業 代表取締役社長の永尾俊一氏が登壇し、船井総合研究所 マネージャーの杤尾圭亮氏が聞き手となり、パネルディスカッション形式で適正価格での取引に至るまでの思考プロセスやポイントを解説した。

白ハト食品工業は1947年(昭和22年)創業。たこ焼と明石焼の専門店「道頓堀くくる」を運営するほか、駅構内を中心にスイートポテトやポテトアップルパイ、大学芋などを製造・販売する「らぽっぽ」を運営。各食品メーカーに原材料を卸す事業も展開している。原料価格が高騰したため、この4年間でポテトアップルパイは176%、大学芋は123%の値上げ。たこ焼は130%の値上げをしたという。

「値上げ交渉は非常に勇気がいることです。取引先のスーパーやコンビニのバイヤーを説得するだけでなく、その先にいる一般のお客様に納得していただけるものでなければ、値上げによって買い控えが起こり、結果的に売上が減ってしまう可能性があります。販売量を維持できるような商品力を磨き、商品の魅力を強化していくことが重要だと考えています」(永尾氏)
ファンを増やすか、衰退を選ぶか
白ハト食品工業では、20年ほど前に農業生産法人を設立し、原材料のさつまいもの生産に取り組んでいる。そのうえでさつまいも菓子専門店として、さつまいもの魅力を最大限に引き出す商品開発を行っているという。
こうしたさつまいもに対するこだわりを顧客に体験してもらえるよう、2015年に茨城県行方(なめがた)市にある小学校の廃校跡地を活用し、さつまいもと農業の体験型テーマパーク「らぽっぽ なめがたファーマーズヴィレッジ」をオープンした。
さらに、東日本大震災の影響により福島県で耕作放棄地となっていた畑を開墾し、周辺地域の雇用を創出した。現在では震災前よりも事業者数が増加し、「復興から発展へ」と段階が進み、地域の期待を集めているという。
白ハト食品工業の取り組みは、第1講座で紹介された「創造的問題解決型」、すなわち価値をともに創造し、新たな顧客を拡大するパターンに当てはまる。

「販売を継続するためには、ファンを増やすことが重要です。お客様の中から、私たちのものづくりに対する考え方に共感・共鳴してくださる方が増えてきました。『あの会社の商品なら少し高くても買ってもいい』『応援するために購入しよう』といった声が上がり、お客様だけでなく、お取引先も新しく広がってきました」(永尾氏)
さらに、自分たちが作る商品がいかに世の中の役に立っているのか、自分たちの仕事がいかに世の中を明るく豊かにする仕事なのかを従業員に体感してもらうようにも努めている。その結果、採用においても毎年多くの応募があると語る。
「原価の上昇は避けられません。値上げができない業界はいずれ縮小していくことになるでしょう。自分たちの商品やサービスに自信を持ち、お客様に最も伝えたい点を徹底的に尖らせて突き抜けさせること。そして、お客様から『この会社はこれに関しては一番だ』と認められるような商品を作り出す努力をすることが、生き残っていく一番のポイントだと私自身は感じています」(永尾氏)
「値上げは業界みんながハッピーに生き残るために必要」と述べる永尾氏のメッセージには熱がこもっていた。価格交渉に向け一歩を踏み出す勇気をもらえる講座だった。
参加者の業種に合わせた専門家がアドバイス

特別講座「サプライチェーン全体で考える取引適正化の取組について」では、一般社団法人大阪中小企業診断士協会 中小企業診断士の細川洋一氏が登壇。自動車メーカーA社(発注者)と自動車部品メーカーB社(受注者で発注者)を例に挙げて、それぞれの立場での価格交渉の準備と心構えを具体的、実践的に解説し、質疑応答のあと支援ツールを紹介した。
会場には、ものづくりのまち・大阪らしく製造業からの参加者が多かった。細川氏は自動車メーカーに35年以上在籍した経歴を持つ。ものづくりの現場をよく知る細川氏の視点は多くの参加者の参考になったようだ。こうして地域の特徴に合わせた登壇者が参加者に寄り添ったアドバイスを行うのもこの「価格交渉講習会」の特徴となっている。
適正価格実現の第一歩となる「よろず支援拠点」
講習会終了後に行われた意見交換会では、第1講座に登壇した関根氏と、特別講座に登壇した細川氏が参加。受注者だけでなく発注者側からも価格交渉の課題について意見や相談があり、活発なディスカッションが行われた。
また、同時に行われた個別相談会では、中小企業庁が全国47都道府県に設置している「よろず支援拠点」の専門家が、30分間の個別相談を行った。よろず支援拠点では、「どのように価格交渉をすればいいかわからない」「資料は何を用意すべきか」といった基礎的なところから、ネクストステップの提案までができる。法務・財務に関連する相談は連携している専門機関を紹介し、継続的な支援も行う。
参加者からは、「価格交渉の仕方が参考になった」「第2講座の白ハト食品工業のように地域に貢献しながらファンを増やしていく考え方がとても勉強になった」という感想があった。価格交渉に漠然とした不安を持つ人にとっても分かりやすく、専門的かつ公的サポートにつながることができる点でも意義深いイベントとなっていた。


「適切な利益をしっかりと確保していかなければ、企業の存続が非常に難しい状況になっています。『値上げをすることは正しいことである』という考え方に意識を切り替える必要があります」(関根氏)