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EVENT REPORT

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2025.09.01開催@群馬会場

地域経済を担う働き手が、正当な報酬を得るために

2025年9月1日、群馬県前橋市で「価格交渉講習会」(主催:中小企業庁)が開催された。
地域経済を担う存在としての中小企業が、正当な対価を得られる社会をつくるにはどうすればよいのか。
この価格交渉講習会では、価格交渉、価格転嫁に馴染みのない人、これから検討している人に向けた基礎的な講座が実施されたほか、飲食店や工務店事業の知見を持つ登壇者が、どのように物価や人件費の高騰を価格に転嫁することに成功したのか、実例を挙げて解説した。

「適正な値上げは正しいこと」

「『価格交渉・価格転嫁』に関する基礎知識講座」では、船井総合研究所コンサルタントの山口柚子氏が登壇し、物価や人件費の状況、価格転嫁の動向について説明した。

2021年以降、物品・サービスの価格は上昇。さらに名目賃金は依然上昇傾向にある。人手不足のなか、中規模・小規模事業者は人件費を上げざるを得ない状況にあるといえる。

中小企業庁による価格交渉促進月間フォローアップ調査結果(2025年3月)によれば、中小受託事業者から委託事業者への価格交渉が行われた割合は約89%。そのうち、委託事業者から交渉の申し入れがあり、交渉が行われた割合は約32%と、前回(2024年9月の調査)より3ポイント増加している。一部でも価格転嫁できた割合は前回より約3ポイント上昇し約83%。そのうち、全額転嫁できた割合は約26%となった。

「“適切な利益を確保するために値上げを行うことは正しいことである”という認識を持つことが、値上げ交渉を行う際には必要です」(山口氏)

また、中小受託事業者を守る法律であるいわゆる下請法は、2026年1月1日に「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(略称:中小受託取引適正化法、取適法)に改正される。国としても、取引適正化に向けたさまざまな施策を講じていることが語られた。
そして、値上げ交渉を始める前に準備しておくべき事項や、交渉の基本パターンなども紹介。ポイントは、委託事業者、中小受託事業者の双方がWin-Winとなるように交渉すること。

「コスト上昇分を価格に転嫁するという受け身型の交渉『防衛的値上げ』だけでなく、自社が提供する価値『顧客価値』を高めて、それに対して適切な対価を請求するという『価値提案型値上げ』が望まれています」(山口氏)

仕入れ価格高騰、飲食店がドリンク価格66%アップを実行

(左)小関大介氏/オガル 執行役員、モリデル 代表取締役。(右)伊藤順氏/船井総合研究所 地方創生支援部

次の講座は、「『成功事例から学ぶ価格交渉・価格転嫁』のポイント」と題し、オガル 執行役員として地域事業伴走支援を行うとともに、モリデル 代表取締役として個社事業伴走支援を行っている小関大介氏が登壇。価格交渉・価格転嫁に成功した事例をパネルディスカッション形式で紹介した。ファシリテーターは、船井総合研究所 地方創生支援部の伊藤順氏が務めた。
1社目の価格転嫁の事例として紹介されたのは、山形県山形市内にある飲食店「牛肉専門店KAZU 焼きすきと牛肉ハムの店」。価格転嫁のきっかけは、仕入価格高騰と訪日外国人観光客への対応コストだ。コスト上昇分を価格に転嫁する防衛的値上げの検討もしたが、そうすると地元のリピーターが離れてしまうのではないかという懸念があった。

そこで顧客を地元のリピーターと訪日外国人を含む観光客の2つの属性に分けて値上げを検討した。
地元客はコース料理と飲み放題の需要が高いことが判明。一方で訪日外国人はコース料理よりも単品のアラカルトが多く、アルコールよりもソフトドリンクの注文が多いことが分かった。
そこで、コース料理は、コロナ前は5500円で提供していたものを6500円に値上げ。訪日外国人が多く注文するソフトドリンクの価格を300円から500円に66%アップという大幅な値上げを実施し、看板メニューの「焼きすき」も1800円から2178円と21%アップさせた。

大幅値上げ、それでも人気の維持に成功したポイント

価格転嫁を実行した時のポイントは「属性の市場を知る」ことだと小関氏は語る。

地元のリピーターに対しては、最低限の利益は確保しつつお財布事情に近づけた。一方、訪日外国人については、観光庁によると1人当たりの飲食費がコロナ前の4万5150円からコロナ後は6万6438円へと50%近く増加しているというデータがある。
だが、地元客向けと観光客向けで異なる価格設定をすることは現場に混乱を生む原因ともなる。そこで、それぞれの属性の嗜好を加味した価格設定としたのだ。

また、訪日外国人は価格よりも安心感や注文方法の分かりやすさなどを優先するというアンケート結果を考慮。メニューにはスマホの翻訳アプリで読み込みやすいフォントを使用。さらに写真を付けてナンバリングするなど、見やすさと分かりやすさを意識し、注文しやすくする工夫を実施し、それらの対応コストなどの間接経費も考慮した価格転嫁となっている。

「価格転嫁を行ったことで、利益水準が向上したのはもちろんのこと、来県者を接待・紹介するときに、“地元民が薦める店”として選ばれるようになったという効果がありました」(小関氏)

木材高騰、着工件数減のなか、工務店が新たに生み出した企業価値

2つ目の事例として紹介したのは、山形県内で建築請負業を営むスズタカ。代表者の高齢化に伴い、顧客も高齢化。そこで、既存顧客は大切にしながらも初めて物件を購入する層に向けた住宅ブランド「クラフトクラス」を設立し、住宅や店舗の新築・リノベーションを展開することになった。
価格転嫁のきっかけは、木材価格の大幅な高騰だ。
新築住宅の着工件数は年々減少していて、住宅メーカーや地元の工務店は、新築住宅だけでは経営を維持することが難しくなってきている。そのため、リフォーム市場に参入する企業が増えているが、市場はそれほど大きくはない。また、多くの企業が参入しているため競争が激化している。

スズタカが価格転嫁を実行したときのポイントは「属性に最適な選択肢を提案」すること。注文住宅を希望する人にヒアリングを行うと、注文住宅でなければ望むライフスタイルを実現できないわけではないことが分かった。そこで新築よりも価格を抑えられる中古住宅リノベーションという選択肢を提案できるようにして顧客の幅を広げた。

「リフォーム業界と新築業界は似ているようで全く別の業界。新築は金融や税金リテラシーが必要になりますが、リフォームは建築に関する専門的な知識が必要になります。そのため、両方のノウハウを持ち、どちらの商品が適しているか提案できることが強みとなります」(小関氏)

店舗の建築については、資材が高騰し、建築費が予算を大幅にオーバーしてしまうケースがよくあるという。そうした事態を避けるため、最初から金融機関や建設会社との間に入って調整を行い、事業計画の作成から建築までワンストップでサポートする体制を整えた。

ファシリテーターの伊藤氏は「これまで培ってきたノウハウ、知見を生かして既存事業と既存事業を掛け合わせた、まさに両利きの経営ですね」と感想を述べた。

「重要なポイントは、価格転嫁前に自社がどのようなポジションにいるのか、その認識を社員と共有することです。有名な話があります。砂漠で迷子になり、体力の限界に達した子どもに、おじいさんが現れて地図と水と食料を与えました。これでオアシスまで行けると思いましたが、結局たどり着けませんでした。なぜなら、現在地が分からなかったからです。これと同様で、今自分たちがどのような場所にいて、どのような場所に行けば競合がいないのか、ということをしっかりと理解することが重要だと思います」(小関氏)

いかに「適正価格」を実現するか、専門家のアドバイスも

講座の終了後には、国が設置した無料の経営相談所「よろず支援拠点」のコーディネーターが対応する個別相談会も実施された。コーディネーターは製造業で発注側・受注側として価格交渉に当たった経験を持つ専門家。原価計算などの基礎的な相談から、交渉相手はどのように考えているか、どのように交渉すればいいかといった状況に合わせた相談もできる。
さまざまな相談に対応するなかで、近年は委託事業者側から中小受託事業者に対して価格交渉の協議をもちかけるケースも増えている実感があるという。2026年1月1日施行である下請法の改正により、いっそう価格交渉が増えていくことが想定されると語る。

委託事業者からの歩み寄りの姿勢が期待できる今、他企業の動向や外的環境変化を知り、自社の価値を高める価格転嫁を行うこと、そして、より前向きな価格交渉により「適正価格」にして利益を確保していくことは、中小企業の維持・発展、ひいては地域経済の活性化に不可欠だ。
価格転嫁・価格交渉の第一歩となる価格交渉講習会は、全国各地で順次開催予定。10月からはより参加しやすいオンラインでの開催も開始する。経営や事業を行っている人は、適正な価格・適正な報酬を実現するためにぜひ参加してみてほしい。